映画「めがね」どこか遠くへ…もっと自由になりたい時に。

映画「めがね」は余白を楽しむ映画

 

「かもめ食堂」「トイレット」荻上直子監督の作品です。

「レンタネコ」など、ちょっとシュールだけど、時間がゆっくりと過ぎてゆき、特別大きな事件もないけど、心があったまる作品が多い印象があります。

「かもめ食堂」がやはり人気なのかもしれませんが、個人的に一番好きなのが「めがね」です。

 

まず、出てくる人物が全員めがねをかけている。

そして、セリフがとても少ない。

更に、登場人物の詳しいバックグラウンドや関係性がわからない。

 

お互いに干渉し過ぎないのに、そこには温かな関係性があります。

いい意味で個人主義だけど、わがままとは少し違う

携帯の電波もない、多くの言葉も情報もない。

だけど、そこには潔くすっきりとした世界がある。

とてもシンプルな中に、究極の真理が隠れていそうな。

考えすぎて疲れた時や、もっと楽になりたい時、どこか遠くへ行ってしまいたいなぁ〜と思う時にふと見たくなる映画です。

この映画は与論島で撮影されており、その景色もとても美しいです。

セリフや空間に余白がとてもたくさん使われているので、ギチギチになった心が解きほぐされるのかもしれません。

ストーリーや言葉ももちろんですが、この映画の素晴らしさは 余白 にこそ詰まっているような気がします。

 

食事を丁寧にしたくなる

 

荻上監督の作品の楽しみの一つは「食事のシーン」

「かもめ食堂」のシナモンロールやおにぎり。

「トイレット」でばあちゃんが作る餃子。

彼女の映画を見るたびに、食事を丁寧に作りたくなります。

どの映画もその一瞬一瞬を丁寧に、まるでその瞬間という時間をしっかりと味わい切っているとでもいうのだろうか。

「大事なのは焦らないこと」さくらさん(もたいまさこ)さんが小豆を煮る一つ一つの動きにも、引き込まれるものがあります。

今回の作品のフードコーディネータも飯島奈美さんです。

最近では、「ごちそうさん」「カルテット」なども実は彼女のコーディネートみたいですね。

すてきな器に丁寧に盛られた料理と、テーブルコーディネート。

 

食べることってなんだろう。

 

と食事のシーンを見るたびに、潜在的に感じさせてくれる気がします。

「めがね」も食事のシーンが何度が出てくるのですが、その美味しそうに食べるシーンを見るだけでも、幸せな気持ちにさせてくれますよ。

 

 

あなたがあなたのままでいても良い場所

 

毎日しなければならないことがあって。

将来のためにしなければならないことがあって。

生きていくためにしなければならないことがあって。

社会の中での役割とか、家族の中での役割とか、自分のアイデンティティとか。

何かを求め、何かになりたくて、何かがどうしても欲しい。

余白のない生活を送り、窮屈になっていく自分の心に息苦しさを覚えてくることもあったり。

良いとか、悪いとか、正しいとか、正しくないとか。

とにかく世の中はそんなにシンプルにはできていない。

 

 

 

 

いや、本当にそうだろうか?

 

 

 

 

映画「めがね」にはそのシンプルさがあって、しなければならないことはなくて、心のままに時を感じて良いし、風や夕日や海の音に耳をすまして良い、いやそれ以外にすることもない。

タエコ(小林聡美)が初めて島に来た時に「いえ、けっこうです」という言葉を発します。

サクラさん(もたいまさこ)にかき氷をすすめられるのですが、潔く断るのです。

 

最初の頃のタエコは「私はけっこうです」という言葉をよく発し、何もしない時間というものに耐えるうことができません。

そんなタエコに対して「そうですか」とにっこりと笑顔で返すサクラさんユージさん(光石研)。

日本で飲み会に誘われたのに「いえ、私はけっこうです」なんて言おうものなら、裏で協調性がないだの、わがままだのと言われる陰湿な空気がまだ立ち込める日本社会で、自分の意見を笑顔で尊重してくれるのです。

お互いのバックグラウンドを詮索しないのも、それを知ったからって一体どうなのという感じ。

過去がどうなのか、何のためにここにいるのか、何のために生きるのか。

本当にそんな情報が必要なのか。

あなたが素直に「NO」と言っても良いし「YES」と言っても良い場所。

目的や意味を持たなくても良い場所。

何が自由か知っているかと聞かれたら、私にはまだこれと言えるようなことはないけれど、自分が自分のままでいれて、自由に「NO」と「YES」が言えて、無理に夢や目標を持ったりせずに「時が過ぎてゆくのを静かに待つ」ことができれば、それは一つの自由と言えるのかもしれないなぁと思いました。

きっちりしてないし、みんな肩の力が抜けている。

正しくある必要もなく、普通である必要もない。

理由なんてどうだって良いし、過去もどうだって良い。

ただそこで過ぎてゆく時に身をまかせ、その一瞬一瞬に存在するだけ。

ちょっとシュールでカオスな感じもするこの映画「めがね」はガチガチになったタエコの心ほぐしてくれたように、私の心もいつもほぐしてくれるのです。

だいたいいつも生理前後の心がセンチメンタルになっている時期や、落ち込んでいる時に見ていることから、相当この映画に癒してもらっているんだと思います。

心に余白がなくなってきたら、ぜひ映画「めがね」で空間を取り戻してみてくださいね。

 

やっぱり気になるタエコとヨモギくんの関係性

 

物語は静かに、言葉数も少なく、割と感覚的に表現されているように思えます。

言葉が少ないからこそ、登場人物の表情などから感情などを読み取ることができるこの映画。

キャラ全員の素性がよく分からず、ユージさんもなんか過去がありそうだし、サクラさんなんてもう意味不明。

 

「その意味がよく分からない」というところにこの映画の良さが全て詰まっていると言っても過言ではないくらいなので、あまり詮索するのはかえってよくないという気さえいたします。

 

しかし!!!

 

しかしながら、かれこれ10回以上も「めがね」を観ている私は、物語に入り込むあまり、否が応でも登場人物の人生について深く考えてしまうのです。

分からないから面白いのだけれど、誠に下世話ながら今回はタエコとヨモギくんの関係性について観ていきたいと思います。

 

ヨモギくんは物語の途中から登場してきます。

タエコのことを「先生」と呼んでいることから、「先生」と「生徒」という関係は間違いなさそうです。

着いたそばからビールを美味しそうに飲むヨモギくんは、20歳は過ぎているので大学生かもしれません。

そんな彼はタエコが来ているのを知って、この島までやって来ました。

わざわざ飛行機に乗って追いかけて来たのですよ。

 

この二人ただの生徒と先生という関係ではなさそうです。

 

だからと言って、この二人が恋人関係にも見えません

宿に着いたヨモギくんを見て、タエコは驚きはしましたが、結構サラっとしていた様子です。

ヨモギくんが来てからタエコは心なしか嬉しそうにも見えますし、早く帰って欲しそうな様子も見えます。

ヨモギくんは肩の力が抜けていて、ゆったりしてて、自由に生きているという印象。

タエコは真面目できっちりしていて自分の中のルールがしっかりとあるようで、先生という職業柄のせいか少しお堅い印象があります。

そんな彼女だからこそ、ヨモギくんのようなゆるっとした青年といると落ち着くのかもしれないなぁ〜なんて思っちゃいますね。

恋人ではないけれど、とても相性のいい相手なのかもしれません。

私の勝手な想像ですが、ヨモギくんは先生に恋心を抱いており、ヨモギくんの自由で奔放な様子からタエコもそれを少し感じ取っているのかもしれません。

タエコもそんな自由な彼を可愛いと思っているのかもしれませんが、彼女の性格や立場上、彼との関係を進めるわけにもいかず、周りの目も気になる。

ヨモギくんは彼女の性格を分かっているので、決定打はまだ打っておらず、告白なんかして関係を壊すようなことはしません。

しかし「地球なんてなくなってしまえばいいのに、って思っていました。ここに来るまでは。」というタエコの最後の方のセリフから、彼女はもっと重い悩みを抱えていたことは分かるので、ヨモギくんとの恋から逃げて来たようにも見えない。

 

う〜ん、やっぱり分からないこの関係!!!

 

だけど、ヨモギくんはタエコがなぜこの島までやって来たのか気づいているような様子がします。

 

何が自由か知っている
道は真っ直ぐ歩きなさい
深い海には近づかないで
そんなあなたの言葉を置いてきた
月はどんな道にも光をそそぐ
暗闇に泳ぐ魚たちは宝石のよう
ぐうぜんニンゲンと呼ばれてここにいる私
何を恐れていたのか
何と戦ってきたのか
そろそろ持ちきれなくなった荷物をおろす頃
もっとチカラを
やさしくなるためのチカラを
何が自由か知っている
何が自由か知っている

 

これはヨモギくんがこの島から去る前に読むドイツ語の詩を日本語に訳したものなのですが、最後の方はタエコとのツーショットの映像にこの詩が流れていきます。

ヨモギくんはもしかしたらタエコさんにこの詩を読んだのかもしれませんし、そうではないかもしれない。

だけど、ヨモギくんはタエコさんのことを心から心配して想っているからこそ、この島までやって来たのだと思うのです。

ヨモギくんといるタエコさんは楽しそうだし、安心している様子がします。

やっぱり二人は恋愛関係かなぁ〜なんて思いますが、ハルナさん(市川実日子)さんに「見る目なさ過ぎ」と言い放たれそうな気もしますし、二人の関係は「ものすごい関係」ということだけに留めておくことにします。

 

「究極の引き算」で余計なものをそぎ落とす旅へ

 

理屈ではなく、感覚で生きる「めがね」の世界観。

余計なものはプラスせず、とてもシンプルに、心のままに、感性のままに、言葉さえも余計なものとして削ぎ落としているこの「めがね」の世界に、私は度々旅に出たくなるのです。

ちょっと生きることに疲れて来たなぁ〜と思ったら、是非観ていただきたいと思います。

タエコの心が解きほぐされたように、あなたの心もきっと今を受け入れる余白ができ、ほぐされてゆくことでしょう♪

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です