死んだおばあちゃんに操られている私の人生はいかに

スプーン曲げもできた私のおばあちゃん

 

私のおばあちゃんは私たちを疲弊させるほどのおしゃべりモンスターでした。

息つく暇もないくらいずーーーーーっと喋り倒すんです!

 

おばあちゃんに会ったあとはもうクタクタ。

 

話の内容は、足が速くて大会で優勝した話、若い頃のモテ話、どれだけ自分が美しかったかなどのいわゆる自慢話。

日をまたぎ、月をまたぎ、年をまたぎ、母の代から孫の代まで延々と語り重ねていたのです。

 

「もう聞いたよ! その話100回目だよ!」

 

なんて言葉は、おばあちゃんには届きませんでしたね。

おばあちゃん家に行けない日は、電話をかけてきてまで喋り倒すツワモノです。

 

そんなおばあちゃんは、三味線、日舞、和裁、旅行が大好きで多趣味でした。

しかも本当に器用で、なんでも上手にこなすため、おばあちゃんの自慢話はエスカレートする一方。

 

いつの日か、おばあちゃんから「スプーンが曲がったよ!」と急に電話がかかってきたことがありました。

 

家に行ってみるとぐにゃっと曲がったスプーンがテーブルに置かれてあるんです。

 

何やらTVの特番で、ユリゲラー? が画面からスプーンが曲がる念的なものを送っていたらしいのですが、何気なくやってみたら本当にスプーンが曲がったらしいのです。

本人は怖がってましたが、本当になんでも器用にこなしちゃうのが、私のおばあちゃんです。

 

死んですぐ電話をかけてきたおばあちゃん

 

そんなおばあちゃんは89歳の2月23日に亡くなりました。

おばあちゃんは亡くなる前は意識もなく、病院に行っても無反応でした。

何気なく「ばあちゃん、ゆっくり休んでね。じゃあね。」と行って病室を後にした日があったのですが、本当にその日、永遠のお休みに入ってしまいました。

 

その夜にお通夜が行われたのですが、夜も遅くなったので、両親と私と妹はお家に帰ることになりました。

 

家につくと、留守番電話のボタンがピカピカ光ってます。

 

母が何気なく押してみると「りりこちゃん(母) あんたどこにおると! 」と、ちょっと怒ったような、おばあちゃんの声が流れてきたのです!

 

隣の部屋にいた私もびっくりして飛んできました。

 

もう一度留守電のボタンを押してみると、今度は「りりこちゃ〜ん。どこにいるんですか。電話くださ〜い」と先ほどよりかは比較的穏やかな、おばあちゃんの声が流れてきました。

 

家族全員真っ青です。

 

おばあちゃんは生前、一日に何度もなんども電話をかけていたため、母が留守電にすることが多かったのですが、音声はおそらくその時のものだと思われます。

 

しかし、電話が故障しているわけでもないのに、なぜこのタイミングでその音声が流れてくるのか。

 

しかも入院して以来、留守電ボタンが光ることは一度もなかったのです。

 

母は、おばあちゃんの一人娘で、生前は誰よりもばあちゃんの近くにいました。

兄弟はいたのですが、毎日のようにばあちゃんのおしゃべり攻撃をかわし続けたのは母ぐらいです。

 

「もう帰るとけ! もっとおらんね」が口ぐせだった、寂しがりやのおばあちゃんが、お母さんを探しているような気がしてなりませんでした。

 

その夜、おばあちゃんが化けて出てくるんじゃないかと気が気じゃなかったのは、言うまでもありません。

 

私の趣味がおばあちゃん化している

 

そんなおばあちゃんが亡くなって2ヶ月くらい経ったある日。

踊りとか全く興味のない妹が急に「日本舞踊の見学に行かない?」と誘ってきたのです。

何やら知り合いにとても素敵な日舞の先生がいるらしく、妹も着付けを覚えたりしたいと興味がある様子。

私も以前からダンスを習いたいと思っていたため、ノリノリで見学に行きました。

 

「ちょっとイメージしていたダンスとは違うけど、まぁいっか」

 

日舞の先生は噂通り美しく、噂通りの美しい踊りを見せてくれました。

感動した私と妹は、すぐに日舞を習うことを決意。

ちょうどばあちゃんが残した着物がたくさんあったので、着物を買う必要はありませんでした。

月謝も安いし、着物もあるし、やってみたら意外と面白くて、文句なし!

私は着付け教室にまで通い始めるハマりっぷりです。

そして三味線にも興味が出てきたりして、三味線も練習しだしたり。

そして気づきました。

 

そういえば、三味線、日舞、着物って全部ばあちゃんが好だったものじゃない?

 

そもそも、着物にも日舞にも全く興味のなかった私がなぜこんな古風なことを始めたのだろう。

 

私は本来、ハワイにでも言って「アロハ〜!」とか言って、ビーチ行って、ビーサン履いて、パンケーキでも食べていたい人間なのに!

 

アメリカでHey! Take it easy! とか言っていたい人間なのに!

 

何! この和攻め!

 

そして、私の日舞の先生は私の母と同じ「りりこ」という名前で、先生の母の名前は私の妹と同じ名前という共通点を後に発見します。

そして、おばあちゃんが熱心に信仰していた宗教を同じく信仰していることも判明!

さらには、日舞の流派も「春日流」と一緒というではありませんか。

 

ばあちゃん … 仕組んだ? 仕組んだよね裏で。

 

と思ってしまうのは当然の流れではないでしょうか。

 

「えみりあ、ばあちゃんと踊りやらんね」

「あんた、着物着たらいいとにね」

 

と昔言っていたおばあちゃんの言葉を思い出します。

着物や踊りが大好きだったおばあちゃんは、病気をしてから練習に行ったり舞台に立つことができないでいました。

自称踊り上手のばあちゃんは、自分の才能を生かせなくて悔しかったのかもしれません。

マリオネットのように踊らされる私は今、演歌を聞いて、着物を着て、NHKばかり観ています。

 

私がモテ自慢しだしたり、おしゃべりが止まらなくなってきたら、ちょっと本気でやばいかもしれませんね。

 

そんなばあちゃんが命日前に騒ぎ出す

 

ばあちゃんの仕組んだレールを順調に進んでいる今日この頃。

仕事に行く途中、私の目の前の車のナンバーが「223」ということに気づきました。

「あっ、ばあちゃんの命日と一緒やん」と軽く思って忘れていたのですが、帰り道で私の前を走る車がまた「223」というナンバー。

一日に二度も同じナンバーの車を見るなんて。

シンクロニシティとかを気にしがちな私は、なんだかちょっと気になりました。

 

そういえば今月がばあちゃんの命日です。

 

生前、誕生日前に「もうすぐ私の誕生日だね!」と意気揚々としていた、ばあちゃんを思い出します。

まさか「もうすぐ私の命日だね!」と誕生日感覚で騒いでいるんじゃないのだろうか。

 

あの世では死んだ日が誕生日になるというルールでもあるのではないのか!

 

そして、母の誕生日に三度目の「223」ナンバーに遭遇。

母は毎年、自分の誕生日に「お母さん産んでくれてありがとう」と言って、お花をばあちゃんにプレゼントしていました。

 

何が言いたいの…ばあちゃん?

 

まさか「今年は花が届いてない」とか言ってないよね。

生前だったら言いかねないんですけどね、うちのばあちゃん。

 

というわけで行って来ました、墓参り。

お花を持って、母の誕生日に。

 

「ばあちゃん、お母さんを産んでくれてありがとう。これからも一緒に楽しく踊ろうね。」

 

次なるおばあちゃんの動きが気になる

 

果たして、おばあちゃんは成仏しているのでしょうか。

死んでからますます存在感を強くしてくるあたりはさすがだなぁ〜と思いますが。

 

死んでるの? まだいるの? どっちなの?

 

死んでなお話題に上がる、このおしゃべりモンスターは、決して私たち家族の記憶から消えることがありません。

 

いつも中心にいることが好きだったおばあちゃんの作戦は大成功。

 

ついでに言うと、疎遠だった長男はおばあちゃんが死んでから、おばあちゃんの家を守ってくれています。

 

全部おばあちゃんの望み通りなんです!

 

おそるべし死後の念力よ。

 

おばあちゃん、次は何を企んでいるの?

そろそろ私のお婿さんを仕込んでくれないでしょうか。

できればイケメンでお願いしますね!